海底シェルター都市の夢
2014年09月28日 夜
深い海の底を泳いでいる…… 見上げると水面は数十メートル先にあり、太陽光が遠く煌めいてる。青緑色の海水に陽が射し込んで、一面の砂が広がる海底をまばらに照らしている。
私は14歳ほどの少女の姿をしている。潜水服は身につけずに、黒いドレスを着て頭にインカムをつけているだけ。特に息苦しくもなく、漂う様にして水中を移動している。
海底は砂漠の様になっているが、ところどころに大きな人工の構造物が飛び出している。構造物は黒っぽい色の四角柱や円柱で、どれも中央に穴が開いて入口の様になっている。
インカムから「そのまま中に入ってくれ」という指示が聞こえてきたので、手近な構造物の穴に漂いながら入った。
穴の中はシャフトの様になっている。下に降りながら、記憶がない事に気づいた。自分が何者で、何をしているのか思い出せない。ただ、目の前にある物の事は自然と理解できた。ここは海底シェルター型の都市で、このシャフトはその入口だ。人類が生き残っている数少ない場所の一つ……という事は思い出せた。
シャフトの下まで降りると搬入口になっていて、その先は空気がある。受け入れ検査のところでインカムは没収されてしまったが、そのままシェルター都市に入ることが出来た。都市は古い洋風の建物が多く、遠くに高いビルがあるのが見える。シェルター端の壁際には木々が並んでいるし、建物の間にも木が多く、田舎らしい風情がある。
何も思い出せず街中をフラフラしていて、ふとポケットに手をいれると紙とお金が出てきた。クシャクシャになった紙には「都市中央の駅へ向かえ。記憶が戻り、何のために来たのかも分かるだろう」といった旨が書かれている。
都市中央へ向かうべく最寄りの地下鉄駅に来たものの、電車の乗り方も分からなければ都市中央の駅がどこなのかも分からない。路線案内図が掲示してあったのでしばらく解析を試みて、やっと行き方が分かった時にはもう都市中央行きの電車がホームに来ていた。電車は混み合っているので私も乗り込めるか怪しい。しかし、中央行きの列車はこれで最終だ。急いで乗らないと間に合わないが、切符の買い方もよくわからず自動改札は通れないだろうと考えて、駅員の居る改札に向かった。駅員が乗車証明書を渡してくれたので、直ぐに列車に乗り込めた。あとは降りる駅で精算すれば良いだけだが、所持金が明らかに足りていない。電車に乗っている間に
都市中央駅について、精算はうまく誤魔化した。都市中央駅の前は住宅地になっていて、無機質な感じの団地が広がっている。かつては人口密集地だったはずだが、人の姿はまばらだ。何となく、ここに自宅がある事を思い出した。
団地の中にある何の変哲もない一棟、その一階に自宅があったはず。そう思いだしながら記憶を辿って自宅につくと、家の前にトレンチコートを着て山高帽を被った紳士が立っていた。彼は私を待っていたのだという。ジェイムスンを名乗るその紳士は、昔の私の知り合いらしかったが、全く思い出せない。彼によれば、記憶を取り戻すには都市中央の「生産塔」に行く必要があるだろうとの事だった。
二人で生産塔を目指して団地内を歩いていると、道端で1人の老夫人がおかしな動きをしていた。老夫人はトランプ柄の小さなトランクを、開けたり閉じたりし続けていた。完全に同じ動作の繰り返し。ジェイムスンは「ああいう人はたまに出るんだ」と言っていた。
団地を抜け、ビルの立ち並ぶ都市中央に出た。生産塔は重要設備なので中央近くにあるが、地下に伸びる塔なので見た目は高くない。2階建てくらいの黒い建物に見える。入口に居る警備員をうまくやり過ごして中に侵入すると、通路やエスカレーターが複雑に入り組みながら、下の階へと向かっていた。
ジェイムスンに引き連れられて下に向かっている途中で、北斗の拳に出てくる暴走族みたいな輩が襲い掛かってきた。鉄パイプで攻撃してくる暴走族と戦いながら逃げているうちに、ジェイムスンとはぐれてしまう。手近な物で殴りつけたりしているうちに、この狂った暴走族の様な輩が、どうやらロボットか何かである事が分かった。マトモにやりあっても勝てそうに無いので、エスカレーターや通路を走ってなんとか撒くことに成功した。
自力で最下層らしき所にたどり着いた所で、別の通路から出てきたジェイムスンと合流できた。最下層には幾つか丸い部屋があるようだったが、中央にあるひときわ大きな部屋に入る。
中に入ると、巨大な水槽の中に縦横10メートルほどもある大きな人間が液体に浸かっている。体中にチューブが刺さっていて、ブクブクに膨れ上がった肉塊。人間としての形を失いつつあるソレは、部屋に入ってきた私とジェイムスンをチラリと見て、体の横に付いた小さな手を少しだけ振った。
その瞬間、記憶が全て戻った。
100年前の世界大戦で地上は核によって人類が住めない環境になった。それでも人類は戦争を続け、生き残ったシェルター同士は細菌テロによって攻撃しあい、その数を減らしていった。減った労働力を補う目的もあり、アンドロイド技術が発達した。
細菌兵器に対する治療法の確立は高度に洗煉されていき、どんな細菌兵器で攻撃されても数日中には無効化できるようになった。しかし、対抗技術の発達に合わせて攻撃方法も工夫され、まず細菌の研究を停止させるために、即座に動けなくなるタイプの細菌兵器が使われる様になっていった。
このシェルターでは細菌兵器に対抗するため、2つの方法が考えられていた。1つは人体のアンドロイド化、もう1つはアンドロイドによる治療法の開発だ。人体がアンドロイドになれば感染しなくなる。あるいは、アンドロイドが細菌の研究を行えれば即効性の細菌兵器を使われても、全滅する前に無効化治療法を確立できる。
アンドロイド化派は全住民のアンドロイド化を計画したが、流石に人体のアンドロイド化というのは難しく、また生理的な嫌悪感もあったため住民の支持が得られなかった。そんな中、人体アンドロイド化派がサンプルとしてアンドロイド化移植を試みた人間が私だった。移植は完璧に行われ成功だったが、記憶が時々失われる、人格が変わってしまう等の致命的な不具合が確認された。
私の失敗によって人体アンドロイド化派は大きく支持を失い、シェルターは治療法を確立できる研究者アンドロイドの開発に舵を切った。通常のアンドロイドに比べ、科学研究の出来るアンドロイドは難しいものだが、研究者アンドロイドは完成した。
ジェイムスンは人体アンドロイド化派の代表格だった。彼は私の失敗データを元に、記憶があまり消えないアンドロイド移植法を開発して、自分自身で移植手術を実行した。新しい手法は成功だったが、支持は戻らなかった。
その後、シェルターは何度も細菌兵器テロを受けたが、研究者アンドロイドのお陰でなんとか生き延び続けていた。しかし、数年ほど経ったある日、強力な放射線を出す兵器がシェルター上部に撃ち込まれ、殆どの人間は死亡し、シェルター内のアンドロイドも動作がおかしくなり狂ってしまった。生産塔の中に居た暴走族の様なロボットは、この兵器の影響でおかしくなったアンドロイドの一種だ。
耐放射線コーティングのある上位アンドロイド達は生き残りの人間を保護し、生産塔の最下層へ向かった。そこには研究者アンドロイドが居る。研究者アンドロイドは柔軟な思考力があったので、人間の体を強力な放射線下でも耐えられるようにする研究をし始めた。この研究で実験を繰り返し行われながら、なんとか生き延びている人間が水槽の中の肉塊だった。生き残った数十人は徐々に数を減らしていき、今や彼はこのシェルター最後の人間だ。
攻撃直後、生き残った人達は上位アンドロイドに指示を出し、放射線耐性の高いアンドロイドを量産できるように改造させた。シェルターの機能を維持するには労働力だけでなく、諸々の人間らしい活動が必要だった。そこで「人間代替アンドロイド」と「都市機能維持用のアンドロイド」を作り分けた。人間代替アンドロイドは感情回路や思考回路があり自分達を人間だと思いこんでいる。都市機能維持アンドロイドはプログラムされた行動だけ取り、壊れたアンドロイドの回収などを行う。街にはアンドロイドが溢れた。
敵シェルターから撃ち込まれた放射線兵器はどうしても除去できず、シェルター内は未だに強力な放射線で満たされている。量産型のアンドロイドでは10年程度で壊れて停止してしまう程だ。放射線の影響で停止寸前だったのが団地の中に居た老婦人アンドロイドで、停止せずにおかしくなったのが生産塔で襲い掛かってきた暴走族アンドロイドだろう。
放射線兵器が撃ち込まれてからもう50年は経つ。ジェイムスンはシェルターに残ってアンドロイド達の管理や、人間の治療法確立の手助けを続けた。私はシェルターを出て、他のシェルターがどうなっているか探りに出た。外に出た私が知ったのは、地球上のほぼ全てのシェルターが細菌兵器と放射線兵器によって滅んだという事。世界でも最高レベルの技術があるという日本のシェルターですら死滅していて、生き延びた人間が居るのはうちのシェルターだけだった。
しかし、最後の人類は未だに水槽の中に居て、放射線と加齢に耐えている……
私はこのシェルターの状況が改善されているのを期待して戻ったが、ジェイムスン達は私が生き残りのシェルターを見つけてくる事に期待していたらしい。お互い情報交換を終えたものの、何一つ希望は見えなかった。これからどうするか話し合ったが、ジェイムスン達はこのまま現状を維持するつもりのようだった。
また旅に出るという私に、ジェイムスンはある物を渡した。小さなガラス玉。それはジェイムスンがアンドロイド化移植手術を受けた時に保存された彼の遺伝情報だ。私の体の中にも同じガラス玉が埋め込まれている。生きている人間を見つければ、これを元に子孫を増やせるかもしれない。
水槽の中で揺れ動く人間に別れを告げ、私とジェイムスンは地上に戻った。私の体はもともと最高レベルの技術を駆使したアンドロイドなので、高レベル放射線への耐性も強かったが、ジェイムスンの勧めで最新鋭の部品に交換し、対放射線コーティングを施してもらった。動作のおかしかったパーツも交換したので、もう50年はなんとか稼働できるだろう。
駅でジェイムスンに別れを告げ、都市の間を走るモノレールに乗った。私以外にも何人かが乗っているが、全てアンドロイドだ。若者風のアンドロイドは音楽を聞いているし、老人風のアンドロイドは本を読んでいる。一見すると平和に見える、機械だけの都市。
モノレールの終点、シェルター最上層に着いた。最上層は殆どが公園になっていて誰もいない。中央には噴水があり、そこにある彫刻を手で押すと、噴水の中から螺旋状の階段が現れる。シェルター最上層から階段を十数メートル登ると、そこから地上に出られる。シェルターと地上を分かつ分厚い扉をマニュアル操作で開けて地上に出た私は、地平線まで広がる草原を歩き始めた。
人類の生き残ったシェルターを探すために。